fc2ブログ

サロン・デュ・ミュジカポール

港町横浜で、散策がてら気軽にクラシック音楽を聴けるコンサートを始めました

Entries

ミュジカポール・コンサート14の記録

1月14日のミュジカポール・コンサート14にはご来場くださいましてありがとうございました。
今年は年明け早々、地震に航空機事故と続き、いったいどんな年になるやらという若干の不安も感じますが、日常生活に不安や不便を感じていらっしゃる方々がたくさんいると思うと、コンサートを滞りなく開催できるというのはとてもありがたいことだと思います。

写真をアップします。
集合写真
musica14-1a.jpg musica14-2f.jpg

演奏写真
violin.jpg kishikawa.jpg
rendan.jpg yokoo.jpg
hayashibara.jpg 

プログラム
musica14pro1.jpg musica14pro2.jpg 

次回のミュジカポール・コンサート15は、5年月25日(土)13:30開演、横浜市鶴見区民文化センターサルビアホール・3F音楽ホールでの開催です。


スポンサーサイト



ミュジカポール14曲目解説第1部1-モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタヘ長調

モーツァルトは、1756年1月27日に今のオーストリアのザルツブルクで生まれました。
父はレオポルト・モーツァルトという宮廷音楽家でした。
父は幼いモーツァルトの才能をいち早く見つけて、彼に音楽教育を施しました。
幼いモーツァルトは父の想像以上に才能に溢れた子供で、クラヴィコードやヴァイオリンの上達は目覚ましいものがありました。
6歳の頃にはもう作曲もする様になっていたのです。
父は1763年から一家総出で何回か演奏旅行をしました。
ウィーン、パリ、ロンドン、イタリアまでも足を伸ばしました。
こうした旅での音楽経験はモーツァルトの音楽活動に大きな影響を与える事となりました。
1773年に旅行から故郷のザルツブルクに戻りました。
そしてモーツァルトは父と同じ様に宮廷音楽家になる事を求められました。
しかしながら、自由な自立した音楽活動をしたかったモーツァルトは、1781年に父の反対を押し切ってウィーンに定住することにしたのです。
このヴァイオリン・ソナタは1781年にウィーンで書かれたものです。
音楽家としてやっていくのだというモーツァルトの気持ちがあったに違いないです。

第1楽章 アレグロ ヘ長調 2/2拍子 ソナタ形式
嵐の様な激しい雰囲気を持つ曲です。
第2楽章 アンダンテ ニ短調 2/4拍子 
主題と6つの変奏曲で、物悲しい主題で始まります。
短調の曲らしい暗い面や穏やか面が出てきて、最終変奏はシチリアーノのリズムで始まります。
第3楽章 テンポ ディ メヌエット ヘ長調 3/4拍子 三部形式
同じテーマが色々な形になりながら出てくるロンドです。
メヌエットという踊りの雰囲気の中にどこかメランコリックな雰囲気がが感じられる曲です。

(木下美代子 記)



ミュジカポール14曲目解説第1部2-ショパン:バラード2番他

中田章(深見麻悠子編曲):早春賦
春まだ浅い季節の移り変わりを見事に歌った曲です。
中田章(1886~1931)によって1913年に作られたこの曲は、長野県大町から安曇野にかけての早春の情景を歌っています。 
深見麻悠子によってピアノ曲へ編曲されました。

小山清茂:かごめ変奏曲
この曲は小山清茂によって1966年に桐朋学園の委嘱により作曲されました。 
主題と変奏からなり民謡「かごめかごめ」を主題に簡素な書法によって書かれています。 
箏や太鼓、舞踏的な変奏を経て最後はモダンな響きが追求され後半、旋律とトレモロの 
組み合わせはドビュッシーのピアノ書法を思わせます。

ショパン:マズルカ イ短調 作品17‐4
ショパン(1810~1849)は、その作品のほとんどをピアノ曲が占め、「ピアノの詩人」と言 
われた作曲家です。 
マズルカはポーランドの民族舞踊に基づいて作曲されました。
20歳でポーランドを離れたショパンが、祖国への思いを込めて生涯にわたって60曲作曲しています。 
この曲は、作品17の全4曲からなるマズルカの4曲目で、パリに居を移してから最初に作曲され、華々しい演奏技巧よりも静けさやハーモニーの落ち着きが特徴です。
1823~24ごろ作曲されました。

ショパン:バラード 第2番 ヘ長調 作品38 
バラード全4曲は物語的な構成で、1曲の中にいわば起承転結を感じることができます。 
この曲は1836~1839年にかけて作曲され、シチリアーノのリズムによるゆったりとした部分と、16分音符で書かれた激しい部分で構成されています。 
リトアニアとロシアの間に戦争が起き、リトアニアは敗れ独立を失います。「リトアニアの深い森の中には神秘的な湖があり、戦争により乙女たちは生きて囚われの身になるより死を願って神に祈り、神はそのあまりの残酷さに大地を開き、乙女たちを飲み込んだ」という詩人「ミッキヴィッチ」の「ヴィリス湖」という作品が背景にあります。 
推敲を重ね1939年にシューマンに献呈されています。

(岸川薫 記)



ミュジカポール14曲目解説第1部3-バーバー:スーヴェニール

バーバー:バレエ組曲「スーヴェニール(思い出)」 作品28
アメリカの作曲家バーバー(1910〜81)の作品は豊かな旋律と魅力的な和声が特徴です。
この曲は1951〜52年に自身と友人の楽しみの為に作曲した連弾曲ですが、オーケストラ用にまとめた物が先に出版されました。
楽譜の冒頭に「1914年頃のニューヨークのホテルプラザのパームコートでの出来事を懐かしく思い浮かべるだろう。」と書かれています。
1914年頃はバーバー4、5歳の時期ですので実際の思い出ではなく、その頃にタイムスリップして想像の出来事を曲にしたものと思われます。

1.ワルツ(序奏に続き優雅なワルツ)
2.ショティッシュ(少し滑稽なスコットランドの踊り)
3.パ•ドゥ•ドゥ(男女2人の妖艶な踊り)
4.トゥーステップ(2拍子の速いステップ)
5.ためらいのタンゴ(情熱的なタンゴ)
6.ギャロップ(明るく楽しい2拍子の踊り)
の6曲から成る、古き良きアメリカを彷彿とさせるおしゃれな組曲です。

(石坂典子 記)



ミュジカポール14曲目解説第2部4-シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集他

J.S.バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調  BWV 825  より
J.S.バッハ(1685〜1750)は、各6組から成る組曲を3つ作っています。
フランス組曲、イギリス組曲と、今回演奏するパルティータです。
組曲とは、当時のヨーロッパ各地の舞曲を中心にまとめられたもので、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグを基本とし、それぞれ、主にサラバンドとジーグの間に、当時のはやりの曲などを挿入してまとめています。
アルマンドは、4/4拍子で、ドイツ舞曲という意味です。
フランス語でallemand、allemandeは、ドイツのとかドイツ語という意味なので、アルマンドはドイツ起源の舞曲と見られています。
クーラントは、フランス語でcourirが走るという意味なので、16世紀フランスに起こった走るような生き生きとしたリズムの3拍子の舞曲のことです。
サラバンドは、16世紀スペインの舞曲で、ゆっくり目で叙情的性格を強調していることが多いようです。
ジーグは、ジグまたはジクともいわれ、17世紀にイギリスに起こった農民の踊りで。
フィナーレ的な性格が強く、速いテンポで陽気で特色あるリズムを持ったものです。

これらの組曲のタイトルは、バッハ自身がつけたものではなく、パルティータも当初は弟子のために作ったものだったことから、「クラヴィ―ア練習曲第1巻」としていました。
「パルティータ」というのはイタリア語で「変奏曲」の意味だったのが、バッハ時代にパート、すなわち部分という意味と混ざって、多くの楽章を持つ「組曲」を指すようになりました。

パルティータは、バッハのライプツィヒ時代、1726年に1番を作曲し、毎年1曲づつ作曲し、1731年に6曲まとめて出版されています。
フランス組曲、イギリス組曲より円熟して規模も大きくなっています。
それぞれ異なった導入楽章が最初にあることもパルティータの特徴の一つです。

今回の演奏は、プレリュード、アルアンド、サラバンド、ジーグの4曲です。
第1曲 プレリュード 規模は小さく、気品のある曲です。
第2曲 アルマンド 軽快な動きと流れのある曲です。
第4曲 サラバンド 荘重な雰囲気をもってたっぷりと歌われます。
第6曲 ジーグ 跳躍進行が多く技巧的な曲ですが、軽快で楽しく、広く愛奏されます。

シューマン:ダヴィッド同盟舞曲集 作品6 より
シューマン(1810〜1856)が1837年に作曲した、18の小品から成る曲集です。
ダヴィッド同盟とは、架空のもので、音楽世界の保守的な俗人達に対する革新派を意味しています。
初版では、各曲の終わりにF.またはE.という文字があり、その同盟員の中の、明るくて積極的なフロレスタンと、思索的で消極的なオイゼビウスのことを表していましたが、この文字は第2版では記載されていません。
また、これらの名前は、シューマンのペン・ネームでもありました。
第1曲 生き生きと 妻であるクララ・ヴィークのモットーで始まります。
クララのト長調のマズルカから取ったものですが、全18曲に使用されるというものではありません。
第2曲 親密に 静かな雰囲気の曲で、メロディは極めて美しい。
第3曲 ユーモアをもって 第1曲のモットーに基づくものです。
第4曲 せっかち フロレスタンの情熱をかき立てます。
第5曲 単純に オイゼビウスの優しくやや感傷的な舞曲です。
第6曲 極めて速く リズムの弾んだ明快な曲想になっていて、コーダではさらっとモットーが姿を見せて消えます。

(松尾益民 記)



ミュジカポール14曲目解説第2部5-R.シュトラウス:万霊節 他

R.シュトラウス:「最後の葉」からの8つの歌曲より  万霊節 作品10‐8
シュトラウス(1864〜1949)は4歳でピアノを始め、6歳から作曲をしました。
日本においては交響詩やオペラの作曲で知られているシュトラウスですが、彼の魅力が最も現れているのは、オペラや歌曲にみられる声楽作品です。200曲以上の歌曲のほとんどが、妻でソプラノ歌手であるパウリーネのために作曲されました。スケールが大きくオペラ的魅力にあふれています。
ヘルマン・フォン・ギルムの詩に曲をつけたシュトラウス最初の歌曲集「最後の木の葉による8つの歌曲」(作品10)は1885年 21歳の時に出版されました。万霊節はその第8曲です。
カトリックでは毎年11月2日は「死者の日」とされ、日本のお盆やお彼岸のようにお墓参りを行い死者の魂のために祈りを捧げる日です。
かつての恋人を偲び、恋人の手の温もり、優しい眼差しを思い出しながら、かつての5月のようにあなたを抱きしめたい、と二度と逢うことが出来ない恋人に呼びかけています。

5つの歌曲より 愛を抱いて 作品32-1
歌曲集「5つの歌曲」(作品32)の第1曲で、1896年、妻パウリーネに献呈された曲です。
どこにいても心と頭は愛しい君のことでいっぱいで、この愛ゆえに悪しきもの全てが気にならない。愛の絶頂にある喜びと愛の強さを親しみやすいゆったりした美しい旋律で歌います。シュトラウスの代表曲とも言われています。

「最後の葉」からの8つの歌曲より 献呈 作品10‐1
「万霊節」と同じ歌曲集「最後の木の葉による8つの歌曲」(作品10)の第1曲です。
ギルムが「Habe Dank(感謝を受けよ)」と題した詩を、シュトラウスが「Zueignung(献呈)」という題に変更しました。
自堕落だった僕があなたによって真の愛に目覚め立ち直っている、と恋人に寄せる愛と感謝の気持ちを、素直で伝わりやすい旋律で歌います。

平井康三郎(詩 小黒恵子):うぬぼれ鏡
小黒恵子(1928〜2014)の作詞による「うぬぼれ鏡」は「小黒恵子の詩による歌曲集 うぬぼれ鏡」の5曲目です。
中年にさしかかった女性の心理を心憎いまでに表現した独白形式のユニークな詩に、作曲の平井康三郎(1910〜2002)は、高尚なユーモアと皮肉をウィンナワルツ風のリズムに乗せて爽快に、そして極めて洒落た雰囲気で女心の深層を表現しました。

(林原朋子 記)



ミュジカポール14曲目解説第2部6-グリーグ:ピアノ・ソナタ他

ショパン:ワルツ第16番 変イ長調 KK.IVa/13、第15番 ホ長調 KK.IVa/12 、第14番 ホ短調 KK.IVa/15
ショパン(1810~1849)のはワルツは全部で19曲ありますが、約半数が没後に出版された遺作となっています。
遺作の中から、今回は14~16番の3曲を演奏します。
演奏順は、16、15、14番の順番です。

ワルツ第16番 変イ長調は、10代終わりごろ作曲されたとみられ、1902年に、ショパンの作曲の先生だったユゼフ・エルスネルの娘エミリーが持っていたアルバムから発見されたものです。
細かい動きの繰り返しで、左手の和音の変化は少ないですね。
第15番ホ長調は、1829年の作。
勇壮な感じの前奏部に比べると、メインテーマはちょっと哀愁を帯びたショパンらしいフレーズです。
これを弾いていると、どんな小品でもやっぱりショパンだなぁ…と思えます。
第14番ホ短調は、1830年頃の作曲。
「華麗なる円舞曲」の先駆けともいえる曲で、最後は華やかに終わります。
演奏効果があるので、よく演奏されます。

グリーグ:ピアノ・ソナタ ホ短調 作品7
ノルウェーの作曲家グリーグ(1843~1907)は、母親の影響で幼少期からピアノに親しんでいましたが、特にショパンの小品を好んでいたようです。
作曲家になってからも、抒情小曲集に代表される小品を多数作っていて、自然や素朴な人間の感情などを表した曲に本領を発揮しました。
よって、大作はピアノ・ソナタがこのホ短調1曲のみで、ピアノ協奏曲も1曲のみ、いずれも若い時の作品です。
ドイツのライプツィヒ音楽院で学んだグリーグは、1862年に卒業するといったんはノルウェーに帰り、音楽家としての活動を始めます。
その後、デンマークに渡りますが、そこでの出会いから様々な影響を受けました。
このピアノ・ソナタホ短調は、1865年グリーグ22歳の時の作品で、わずか11日間で書き上げられたと言われ、デンマークで知り合った大作曲家ゲーゼ(1817~1890)に献呈されました。
第1楽章 アレグロ・モデラート ホ短調
ホ短調の主和音を加工する形の第1主題で始まり、抒情的でもありエネルギッシュでもある曲調のソナタ形式で書かれ、力強いコーダで閉じます。
第2楽章 アンダンテ・モルト・カンタービレ ハ長調
ノクターンともいえる曲で、清らかで崇高な主題で始まり、グリーグ特有の牧歌的で素朴な情感があふれています。
ハ長調の持つ独特の透明感や力強さを併せ持つ曲だと思います。
第3楽章 アッラ・メヌエット・マ・ポコ・ピュウ・レント ホ短調
第1楽章の開始と同じ主和音の下降で始まり、中間部のトリオはホ長調に転調し、対照的に上昇音型に転じ、メヌエット部分を半分の長さで再現して終わります。
第4楽章 フィナーレ モルト・アレグロ ホ短調
マーチ風で軽快なテーマで開始し、第2楽章の音型も利用して展開し、華やかで堂々とした曲となっています。
瞑想的でもある力強い終結部で閉じます。

(松尾益民 記)


ミュジカポール・コンサート14のお知らせ

11月末とは言え、夏から一気に冬になってしまったという日もあり、最近の気候はどうなっているのかと思うこの頃です。
ミュジカポール・コンサート14は、冬真っただ中と思われる2024年1月13日(土)の開催です。
コロナの制限がなくなって以来、イベント開催が活発になってきて、ホール予約もなかなか苦労していますが、年明け早々だったからか、運よく鶴見区民文化センターサルビアホールの音楽ホールが予約できました。
今回は、いつものピアノ、歌のほかに、ヴァイオリン、ピアノ連弾も加わり、バラエティに富んだプログラムとなっていますので、どうぞご来場くださいませ。

ミュジカポール・コンサート14
2024年1月13日(土)14:00開演(13:40開場)
会場 横浜市鶴見区民文化センターサルビアホール・3F音楽ホール
入場料(全自由席)2,000円 3回目ご来場ごとに1,500円
musica14pan2.jpg


ミュジカポール・コンサート13の記録

10月に入り、気温の変化が大きいこの頃、寒暖差疲労なるものが要注意のようです。
9月23日のミュジカポール・コンサート13にご来場くださった方々、ありがとうございました。
初めて公会堂を利用しましたが、音響も程よく、広いホールでノビノビ演奏できました。

写真などをアップします。
集合写真
P1040508b.jpg P1040522b.jpg
P1040527b.jpg

1部
西谷(3)a 野須(4)a
木下(4)a 石坂(7)a 

2部
山本(3)a 荘司(8)a
masumi3a.jpg

3部
栗田(6)a 林原(3)a
岸川(14)a

プログラム
musica13pro1.jpg musica13pro2.jpg
musica13pro3.jpg

次回のミュジカポール・コンサート14は、2024年1月13日(土)14時開演、横浜市鶴見区民文化センターサルビアホール・3F音楽ホールでの開催です。


ミュジカポール13曲目解説第1部1—ショパン:ワルツ作品34

ショパン:3つのワルツ 作品34
ショパン(1810-1849年)の「華麗なる円舞曲」作品34は、ショパン初期の作品で、全3曲から構成されるワルツ集です。

第2番 変イ長調 作品34-1
1835年に作曲されたとされています。
導入部に続き、主部、中間部(変二長調)、再現部、コーダの三部形式で、その名の通り実用の舞踏の要素をとどめ、スケールの大きな、華やかで明るい曲想が全体を支配しています。

第3番 イ短調 作品34-2
5つの楽想から成る三部形式ですが、前後の2曲とは対照的にメランコリックで物憂い詩情を湛えており、テンポもワルツには異例の「レント」が指示されています。
ショパンが自作のワルツの中でも特に気に入っていた作品といわれています。

第4番 ヘ長調 作品34-3
1838年の作曲とされています。
序奏、4つの部分とコーダで構成されており、急速な旋律が子猫の飛び跳ね、走り回る様子を思い起こさせることから、「猫のワルツ」の愛称で親しまれています。

(西谷孝子 記)

(追記)
ショパンの曲の中で、ワルツと分類されるのは19曲。
そのうちの第2番~4番が、作品34として出版されました。
一般的に「華麗な円舞曲」として知られているのですが、ショパン自身がそういうタイトルを付けたのではなく、出版社によるものだと思われます。
1838年出版です。
作品34としてまとめられたのは、これも出版の事情で、特にまとめて作曲されたものではありません。
第2番変イ長調は、ショパンがプラハからドレスデンへの旅の途中、フランツ・アントン・フォン・トゥン=ホーエンシュタイン伯爵家に立ち寄った時の1835年9月15日に作曲し、令嬢ヨゼフィーナに贈られています。
この日付は、ふたりの令嬢アンナとヨゼフィーナがもつアルバムに残されています。
この自筆譜は、出版された決定稿と大きく異なっているようです。
また「Tempo di Valse(ワルツのテンポで)」という指示が、出版される段階で、「Vivace」に変更されています。
曲は、華麗な曲想の中に愛情あふれるフレーズも含み、堂々とした大ワルツです。
第3番イ短調は、1831年にウィーンで作曲され、C・ディヴリ男爵夫人に献呈されています。
この曲には逸話が残っています。
ショパンがパリの楽譜店で、ピアニストのシュテファン・ヘラーに偶然出会ったとき、ヘラーがショパンのワルツ集を買おうとしていたので、どれが一番好きかと尋ねると、どれも好きだが強いてあげればこのイ短調の曲だと答えたのを聞いて、大いに喜び、自分もこれが好きだと言ってヘラーにごちそうした、というものです。
第4番ヘ長調は、出版年と同じ1838年に作曲され、ショパンの弟子だった、A・ダイクタル男爵令嬢に献呈されています。
勇壮な和音の前奏に始まり、回転するような主要楽想と前打音の付いた上行下行の音型などにより、サロン風な軽やかな味わいを持った曲となっています。
この回転音型が、猫があちこち走り回っているようだとか、前打音付き上行下行音型がやはり猫があちこちに飛び上がったり飛び下りたりする様子を表してるということで「猫のワルツ」と呼ばれています。
もちろん、ショパンが名付けたのではありません。

(松尾益民 記)



ミュジカポール13曲目解説第第1部2—ソプラノ

ドビュッシー :4つの青春の歌より 第2曲 パントマイム  第3曲 ピエロ
クロード・ドビュッシー(1862-1918)は、フランスの印象派を代表する作曲家です。
パリに生まれ、両親は貧しかったですが、詩人ヴェルレーヌの義母からピアノの手ほどきを受けました。
パリ音楽院に入学しその後作曲家として、歌曲、ピアノ曲、オペラ、バレエ、室内楽を手がけました。
「4つの青春の歌」は、1882年頃のドビッシーの20歳位の作品です。
ドビッシーは、この頃ヴァニア夫人のサロンに出入りして、彼女の美貌に魅了されてほとんどの歌曲はヴァニア夫人に捧げられていると言われています。
その中から、パントマイムは、ヴェルレーヌの詩集、艶なる宴に出てくる人形芝居の情景です。
クリタンドルをはじめ、食いしん坊で抜け目ないピエロ、頑固でうるさいじいさんカッサンドル、どこか気が抜けてはいるが悪党のアルルカン、初々しいお嬢様のコロンビーヌ、といったそれぞれ違うキャラクターで出てきます。
ピエロは、バンヴィルの詩によりますが、曲の最後に出てくるジャン・ガスパール・ドビューロー(1796-1846)は、実在したボヘミア出身のダンサー、俳優で、外国人で言葉が通じずパントマイムの世界を作り、今のピエロのスタイルを築いたといわれています。
歌詞の中に、フランスのわらべうた「月の光」のメロディーも織り込んで、ユーモラスの感じの曲です。

グノー:オペラ「ファウスト」より 宝石の歌 
この曲は、フランスの作曲家フランソワ・グノー(1818-1893)のオペラ「ファウスト」の五幕あるなかで三幕に歌われる曲です。
グノーは、フランス近代歌曲の父とも言われ、美しい旋律、色彩感に満ち溢れた優しい音楽で親しまれています。
バッハ平均律グラヴィーアを引用したアヴェマリアでも親しまれています。
オペラ、室内楽、宗教音楽を主に書いています。
「ファウスト」は、ドイツの文豪ゲーテの劇詩によります。
ファウスト博士が、悪党メフィストと契約を交わし、若返りしてから起こる出来事です。
若返ったファウストは、マルグリートに恋をします。
メフィストは、ファウストの恋の成就のため、マルグリートの玄関に宝石の詰まった宝石箱を置きます。それを見つけたマルグリートは、宝石箱を開け宝石のあまりの綺麗さに身につけ、鏡を見て自分の美しさにうっとりして、王女様になった気分で歌います。
ただその後は、2人は恋に落ちたものの、ファウストはマルグリートを捨ててしまったので、マルグリートは、ファウストとの間にできた我が子を殺し、牢に入り錯乱して天に昇ります。

(野須由紀 記)



ミュジカポール13曲目解説第1部3-フォーレ:舟歌他

フォーレ:舟歌 第4番 変イ長調 作品44  ノクターン 第4番 変ホ長調 作品36 
フォーレ(1845〜1924)はフランスの作曲家です。
フランス南部で生まれ、教会のオルガンを弾くのが大好きな少年でした。
1854年にパリの古典宗教音楽学校(1853年創立)に入学しました。
フランス革命の後色々な物を再建していこうという動きの中で創設された
学校で、フォーレはここで作曲とオルガンを学びました。
フォーレの在学中にサン・サーンスが赴任してきました。
サン・サーンスはフォーレに古典的な宗教音楽以外のロマン派の音楽を教えました。
フォーレはサン=サーンスに大きく感化され2人の交流は一生涯続きました。
その影響はフォーレの曲が伝統的な宗教音楽をベースに華やかさや激しさが見え隠れする物が多いことからも察せられます。
フォーレはフランス独自の作曲を目指そうという考えの元創設された国民音楽協会において、作曲家ショーソンと共に働きました。
フォーレは生涯にわたって舟歌と夜想曲をそれぞれ13曲作曲しています。

舟歌 第4番 作品番号44  変イ長調 
1886年作曲で、作曲家エルネスト・ショーソン夫人に献呈されました。
舟歌とはイタリアのヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来する曲です。
6/8拍子に乗せて舟と波の動く様が表現されていますが、簡素な構成の中で、中間部の転調の繰り返しは意外性を感じさせます。
ノクターン(夜想曲) 第4番 変ホ長調 作品36 
この曲はミ♭−シ♭という2つの音のメルディーが強いテーマになっています。
ある時は華やかな鐘の様に、ある時は荘厳な鐘の様に聴こえて、中間部最後に作品番号19のバラードを彷彿させるパッセージが現れます。
サン=サーンスはフォーレに、フォーレの曲をコンサートで弾きたいが、どれがいいだろうかと尋ねた折、フォーレはこの夜想曲を推薦していたそうです。

(木下美代子 記)



Menu

プロフィール

musicaport

Author:musicaport
FC2ブログへようこそ!

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR